【知財情報】ソフトウェア関連発明の裁判例(1)

HOYA事件」:複数主体の関与
平成16年(ワ)第25576号(東京地判平成19年12月14日)

1.「複数主体の関与」の問題

企業Aが特許権(例えば「a,b,cのプロセスを実行するシステム」)を侵害したというためには、企業Aが「a,b,cのプロセスを『全て』実行するシステム」を実施していることが必要である(オールエレメントルール)。

一方、企業Aが「a」を実行し、企業Bが「b,c」を実行し、分担して1つの発明を実施している場合、すなわち1つの発明の実施に複数主体が関与している場合、企業A、Bとも、「a,b,cのプロセスを『全て』実行するシステム」を実施しているわけではない。そのため、オールエレメントルールに基づけば、企業A、Bとも、特許権侵害が成立しないこととなる。これが、「複数主体の関与」の問題である。

「a,b,cのプロセスを実行するシステム」という1つの発明の実施に複数主体が関与する、という点をもう少し具体的に説明すると、以下の通りである。

例えば、売り上げを予測するシステムが、企業Aの運営する小売店舗に設置されているコンピュータにインストールされている場合を考える。小売店舗のコンピュータには、日々の売り上げデータが記憶される。そして、売り上げ予想システムは、(a)記憶されている売り上げデータのうち、売り上げを予測したい日と同じ曜日のデータを読み出す。そして、(b)売り上げを変動させるような条件(例えば天気、イベントなど)に基づき、読みだしたデータを補正したものを、売り上げ予想とする。最後に(c)売り上げ予想を画面に表示させる。

この場合、企業Aは「a,b,cのプロセスを『全て』実行するシステム」を実施しているから、特許権侵害が成立する。

ところが、今日では、プロセスの一部をサーバ側で実行しているということも多い。例えば、企業Aの小売店舗のコンピュータが、(a)記憶されている売り上げデータの内、売り上げを予測したい日と同じ曜日のデータを読み出す。そして、その売り上げデータを企業Bのサーバにアップし、サーバ側で(b)(c)のプロセスを実行する、ということも考えられる。

この場合、「a,b,cのプロセスを『全て』実行するシステム」という1つの発明の実施に、複数主体(企業A,B)が関与している。そしてこの場合、オールエレメントルールに基づけば、特許侵害が成立しないのではないか、ということとなるのである。

「HOYA事件」は、このような、複数主体が関与する場合であっても、特許権侵害が成立し得ることを示す事例である。

 

2.本事件の概要

原告のHOYA株式会社、被告の東海光学株式会社とも、眼鏡レンズメーカーである。

眼鏡をかける人ならご存知のように、眼鏡を買いに行くと、まず、眼鏡店が、顧客の視力を測定するなどして、眼鏡レンズを決定する。そして、店舗内に該当する眼鏡レンズの在庫がなければ、HOYA株式会社や東海光学株式会社のような眼鏡レンズメーカーに眼鏡レンズを発注する。
本事件では、このような発注に用いられる「眼鏡レンズの供給システム」についてのHOYA株式会社の特許を、東海光学株式会社が侵害しているか否かが争われた。

 

3.特許第3548569号

HOYA株式会社の特許第3548569号の請求項1は以下の通りである。

【A】眼鏡レンズの発注側に設置されたコンピュータと,この発注側コンピュータへ情報交換可能に接続された製造側コンピュータと,この発注側コンピュータへ接続された3次元的眼鏡枠測定装置とを有する眼鏡レンズの供給システムであって,
【B】前記発注側コンピュータは,眼鏡レンズ情報,3次元的眼鏡枠形状情報を含む眼鏡枠情報,処方値,及びレイアウト情報を含めた枠入れ加工をする上で必要となる情報を入力し,発注に必要なデータを前記製造側コンピュータへ送信する処理を含む眼鏡レンズの発注機能を有し,
【C】一方,前記製造側コンピュータは,前記発注側コンピュータからの送信に応じて演算処理を行い,眼鏡レンズの受注に必要な処理を行う機能を備え,
【D】前記眼鏡枠情報は,前記3次元的眼鏡枠測定装置の測定子を前記眼鏡枠の形状に従って3次元的に移動し,所定の角度毎に前記測定子の移動量を検出して前記眼鏡枠の3次元の枠データ(Rn θn Zn)を採取して得たものであり,
【E】前記発注側コンピュータは,前記3次元の枠データに基づいて前記眼鏡枠のレンズ枠の周長,眼鏡枠の傾きTILT,及びフレームPDを求め,これらを前記製造側コンピュータへ送信する
【F】ことを特徴とする眼鏡レンズの供給システム。

裁判において、東海光学株式会社は、「ある特許の特許請求の範囲に記載されたすべての構成要素を単独の者が行ってはじめて,その者について当該特許の侵害行為が成立する」と主張した。「製造側」である東海光学株式会社が実施しているのは、【C】のみであるから、オールエレメントルールに基づけば特許侵害とはいえない、という主張である。

このことについて、裁判所の判断は、上記特許権では、「発注側」と「製造側」という2つの主体の関与を前提としている、としたうえで、「2つ以上の主体の関与を前提に,行為者として予定されている者が特許請求の範囲に記載された各行為を行ったか,各システムの一部を保有又は所有しているかを判断すれば足り,実際に行為を行った者の一部が「製造側」の履行補助者ではないことは,構成要件の充足の問題においては,問題とならない。」と判断し、さらに「発明の実施行為(特許法2条3項)を行っている者はだれかは,構成要件の充足の問題とは異なり,当該システムを支配管理している者はだれかを判断して決定されるべきである。」として、東海光学株式会社の特許権侵害を肯定した。

すなわち、
・眼鏡店が「発注側」の行為を行い、東海光学株式会社が「製造側」の行為を行っていれば、眼鏡店が東海光学株式会社の履行補助者でなくても(「主導的役割を演じた主体が他者を道具のように利用しているケース」でなくても)特許侵害といえる
・侵害者は、システムを支配管理している者である
という判断である。

4.考察

HOYA事件で示された上記の判断は、複数主体が関与するときに、すべてのプロセスを被告自身が実施したと同視するための理由付けとして、「支配管理理論」と呼ばれている。なお、このほか、複数主体が関与する発明の実施が特許権侵害となる理由付けとして、電着画像事件(東京地裁 H13.9.20)で用いられた「道具理論」がある。

しかしながら、常にこのような判断が適用されるかどうかは予断を許さないと考え、単体主体を前提としたクレームの作成を行うことが実務上はなされているように思う。

特許第3548569号は、2003年に出願されたものであるためか、請求項1に2以上の主体の関与を前提としたシステムのクレームを有するのみである。現在の実務においては、できるかぎり、請求項2以降に、製造側のみを主体としたクレーム、発注側のみを主体としたクレームなども記載することが通常である。

 

(文責:三上)

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