【知財情報】知財高裁令和3年(行ケ)第10151号のご紹介

第1 事案

特許第5894240号における除くクレームの訂正が新規事項追加か、又、除くクレームを追加したことにより進歩性が認められるか否かが争われた事案

第2 概要

1.本件発明の請求項1

船外に面する左右の側壁を有する船体と、
該船体の内部であって隔壁により推進方向の前後に区画される複数の部屋と、
前記側壁及び前記隔壁に接する少なくとも1つの浸水防止部屋(ただし、タンクを除く。)と、を備え、
前記浸水防止部屋は、端部が前記側壁及び前記隔壁に接合される仕切板により形成され、前記仕切板の全面が前記部屋に面すると共に、前記浸水防止部屋は、ショアランプが設けられる甲板の下方に面して、複数の前記部屋からなる機関区域に設けられ、前記機関区域の前記部屋の前記側壁と前記隔壁との連結部を覆った空間であり前記側壁が損傷した場合浸水し、前記機関区域の前記部屋は、縦通隔壁で区画されていないことを特徴とする船舶。

2.裁判所の判断
<除くクレームの訂正における新規事項追加について>

裁判所は、訂正における新規事項追加について以下のように定義している。


 訂正が、当業者によって、特許請求の範囲、明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、新規事項追加(法134条の2第9項、法126条5項)に当たらないと判断するのが相当である。



 そして、裁判所は、上記の定義を踏まえ、以下のように判示している。
 まず、裁判所は、本件発明の解決すべき課題、課題解決手段及び効果に照らし、以下のように判示している。


 浸水防止部屋を設けて、側壁における隔壁の近傍が損傷を受けても、浸水防止部屋が浸水するだけで、浸水防止部屋を設けた部屋が浸水することがないようにすることで、浸水区画が過大となることを防止し、設計の自由度を拡大することを目的とするものである。そうであるとすれば、「浸水防止部屋」は、それに面する側壁が損傷し浸水しても、それが設けられた「部屋」に浸水しないような水密構造となっていれば、浸水区画が過大となることを防止するという本件発明の目的にかなうのであって、タンク等の他の機能を兼ねることが、そのような目的を阻害すると認めるに足りる証拠はない。・・・・(中略)・・・・以上によれば、本件訂正前の請求項1の「浸水防止部屋」とは、それに面する側壁が損傷し浸水しても、それが設けられた「部屋」に浸水しないような水密の構造となっている部屋を意味すると解するのが相当である。そして、「浸水防止部屋」は、タンク等の他の機能を備えることが許容されるものであると認められる。



 次に、裁判所は、「浸水防止部屋」が、タンク等の他の機能を備えることを前提として、「(ただし、タンクを除く。)」という記載の追加による新たな技術的事項の導入の有無について以下のように判示している。


 「浸水防止部屋」は、タンクの機能を備えることが許容されるから、「浸水防止部屋」には、タンクの機能を兼ねるものと、タンクの機能を兼ねないものがあるものと認められる。本件明細書等には、浸水防止部屋としてタンクの機能を兼ねるもののみが記載されていると解すべき理由はないから、本件明細書等には、タンクの機能を兼ねる「浸水防止部屋」とともに、タンクの機能を兼ねない「浸水防止部屋」が記載されていると認められる。そして、タンクの機能を兼ねる「浸水防止部屋」を備える発明と、タンクの機能を兼ねない「浸水防止部屋」を備える発明は、いずれも本件明細書等に記載された発明であったから、訂正事項1により、特許請求の範囲の請求項1の「浸水防止部屋」がタンクの機能を兼ねない「浸水防止部屋(ただし、タンクを除く。)」に訂正されて、タンクの機能を兼ねる「浸水防止部屋」を備える発明が除かれても、新たな技術的事項を導入しないことは明らかである。
なお、本件訂正により、本件訂正後の発明が、側壁における隔壁の近傍が損傷を受けても、浸水防止部屋が浸水するだけで、複数の部屋に跨って浸水することはなく、船損傷時における複数の部屋への浸水を防止することができると共に、複数の部屋の大型化を抑制して設計の自由度を拡大することができるという本件発明の効果を奏することなく、新たな効果を奏する発明となると解すべき理由はない。そのため、本件訂正によって発明の作用効果が変わることによって新たな技術的事項が導入されたと解する余地もない。



 以上のことから、裁判所は、「(ただし、タンクを除く。)」という訂正は新規追加に該当しないと判示した。


<除くクレームの進歩性の判断について>

 裁判所は、上記の点を踏まえ、「浸水防止部屋」は、タンクでないものを意味するとの前提のもと、以下のように判示している。


 甲6発明の「船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)」は、もともとタンクの機能を備えるものであり、側壁に面しており、当該側壁が損傷し浸水しても、それが設けられた「部屋」に浸水しないような水密の構造となっている部屋であるから、「浸水防止部屋」にも当たり、タンクの機能を兼ねる水密防止部屋であるものと認められる。しかし、タンクを兼ねる「浸水防止部屋」を、タンクと、タンクを兼ねない「浸水防止部屋」として別々に構成することを示唆する証拠はなく、また、もともとタンクとしての機能を発揮するように設計されたものであって「浸水防止部屋」としての機能も有すると解されるようなタンクの配置位置に、タンクとしての機能を有しない「浸水防止部屋」を配置しつつ、その配置位置とは異なる箇所に別個のタンクを配置することを示唆する証拠もないから、甲6発明において「船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)」を、タンクと、タンクでない「浸水防止部屋」として別々に構成することや、「船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)」を、「浸水防止部屋」としての空所に置き換えることについて動機付けがあるとは認められない。
また、タンクと、タンクの機能を有しない「浸水防止部屋」を別々に構成することとし、もともとタンクとしての機能を発揮するように設計されたものであって「浸水防止部屋」としての機能も有すると解されるようなタンクを、タンクの機能を有しない「浸水防止部屋」に置き換えるとすると、新たにタンクを収める配置スペースが必要となる上に、タンクとして利用できた配置位置をタンクとして利用できなくなり、設計の自由度を損なうこととなるから、そのようなことをするについては阻害要因があるといえる。そうすると、甲6発明において、「船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)」を「浸水防止部屋」としての空所に置き換え、後方の部屋に「船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)」を配置することを当業者が容易に想到し得るとは認められない。



 以上のことから、裁判所は、主引用発明の「船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)」を、タンクと、タンクでない「浸水防止部屋」として別々に構成することや、「船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)」を、「浸水防止部屋」としての空所に置き換えることについて動機付けがあるとは認められないと判示し、さらに、もともとタンクとしての機能を発揮するように設計されたものであって「浸水防止部屋」としての機能も有すると解されるようなタンクを、タンクの機能を有しない「浸水防止部屋」に置き換えるとすると、新たにタンクを収める配置スペースが必要となる上に、タンクとして利用できた配置位置をタンクとして利用できなくなり、設計の自由度を損なうこととなるから、そのようなことをするについては阻害要因があるといえると判示し、「(ただし、タンクを除く。)」による進歩性を認める判示を行った。

第3 考察

本判例では、除くクレームの訂正を認めると共に、進歩性を認めている。
上記のことから、文言上、除かない場合と、除く場合の両方が考えられ、除くという文言を付け加える事で、引例との差異が出るような場面があれば、「除く」を追加する補正又は訂正を検討するのも一案かと思われる。

(文責:正木)

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